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カテゴリ:建築
  • 八幡バプテスト教会
    [ 2012-05-21 13:25 ]
  • 大島青松園礼拝堂
    [ 2011-11-29 14:13 ]
  • 解体されるメジャー別荘
    [ 2011-09-17 17:58 ]
  • Mackay Memorial Hospital(馬偕紀念醫院)
    [ 2011-09-13 13:52 ]
  • 北星学園創立百周年記念館
    [ 2011-09-01 16:29 ]
  • 片岡山荘のベイウィンドウ
    [ 2011-07-12 15:56 ]
  • AGORA - 旧朝吹山荘
    [ 2011-07-03 21:53 ]
  • 浮田山荘
    [ 2011-04-10 12:07 ]
  • 福井別荘「鶴楼」
    [ 2011-04-03 17:40 ]
  • 朝吹山荘「睡鳩荘」
    [ 2011-03-28 13:39 ]
八幡バプテスト教会
 なかなか行けなかったところですが、福岡への帰省のついでにJR黒崎駅から南に下がったところにある八幡(やはた)バプテスト教会に立ち寄ってきました。
 
 福岡県にはバプテスト系の西南学院があるせいか、バプテスト東福岡教会日本バプテスト福岡基督教会西南学院バプテスト教会(解体)などの戦後の礼拝堂がありますが、これもその一つ。

 ヴォーリズ建築事務所が手掛けた戦後の教会建築。例にもれずシンプルな礼拝堂ですが、多くの木造教会で見られる吹き付けのスタッコ壁ばかりではなく、ここでは妻面や入口の重厚な木製ドアなど木の存在感を強調した意匠を採用していて特徴になっています。木造平屋(一部2階)建て。

八幡バプテスト教会
1955(昭和30)年
北九州市八幡西区岡田町2-14
撮影 : 2012.5.20
 かなり奥行きのある礼拝堂です。
 聖檀の裏側は居住区のようです。
 正面中央の窓は木の質感を強調しています。
 分厚い木製ドア。多分中空になっているのでしょう、リベットが打ってあります。
 ロビーと礼拝堂の間にあるドアのガラスは色ガラスなので、ガラス越しに撮ったらこんな色です。
 礼拝の開始前に内部を見せてもらいました。
 許可をもらって2階へ。正面のガラス窓を中から見ています。
 こちらは側面の窓。
 隣接する銀星幼稚園の鐘楼ですが、鐘はないようです。
by gipsymania | 2012-05-21 13:25 | 建築 | Trackback | Comments(0)
大島青松園礼拝堂
 久しぶりのアップです。
ヴォーリズの建築リストに大島療養所礼拝堂というのがあるのは知っていましたが、まさか現存しているとは思っても見ませんでした。sunshine-works さんの「近代建築Watch」というブログに写真があるのを発見し、行く機会を待っていたわけです。今年のGitano Family Japan Tour の最終日は四国の高松でした。またとない機会なので、翌日大島青松園の礼拝堂を見に行きました。

 昭和10年ころのヴォーリズの教会建築としては、今津キリスト教会博愛社礼拝堂(聖贖主教会)救世軍京都会堂がありますが、この礼拝堂は特に簡素なプロテスタント教会で、改修されつつ使い続けられているようです。

 特徴的には礼拝堂の入口に対面する位置に立つ鐘楼。この周辺と入口の庇の形状はヴォーリズにはあまり見ないデザインで、F.L.ライトを思わせる幾何学的でモダンな印象です。

 内部はいたってシンプル。天井の小屋組みはかなり特殊で、ハンマービームのような両側の垂木を水平に張られたワイヤーで引っ張っているように見えます。珍しい構造です。木造平屋建て。

大島青松園礼拝堂
旧大島療養所礼拝堂
1935(昭和10)年
高松市庵治町大島6034-1
撮影 : 2011.11.26
 F.L.ライトの建築を思い出します。
 何かわからなかった四角い塔はやはり鐘楼でした。鐘を鳴らす紐が下がっています。
 垂木を引っ張っているワイヤ(鉄棒?)が写っています。

大島青松園とは

高松港から船でおよそ20分沖合いの大島にある「国立療養所大島青松園」はハンセン病の療養施設です。全国5か所に置かれた最初の国立ハンセン病療養施設の一つとして明治42年に開設されたもの。有効な治療法が確立されていなかった当時は、実質的に隔離を目的とした施設だったため、園全体が小さな独立した町となっていて、売店・食堂・郵便局・公園・宗教施設・会館・外来者用宿泊施設などが完備されています。園の北側に各種様々な宗教の礼拝施設が並ぶ地域があり、この礼拝堂もその一角にあります。現在も入所者がいて、施設の運営や船の運航はすべて国が行っています。
 9:10発の船に乗るため高松港の客船乗り場へ。待合所に大島青松園の高松事務所があったので、乗船の手続きを・・・と思ったら「乗船を希望する方は、事務所へ申し込んでください」という張り紙が見えるが、閉まっていました。よく見ると別の張り紙に「只今留守にしています。船便をご利用の方は、桟橋へお越しください」とありました。帰路も同じ状態でしたから、ここには常駐者はいないと思われます。
 第1浮桟橋が大島往きの船着き場。ここで船長らしい人に聞くと、目的とか知人が島にいるかと聞かれました。単なる見学と言うと、島に電話をかけて確認していましたが、結果OK。向こうで手続きすることに。
 島に着き管理棟に行って見学の手続きをしました。氏名と住所などを台帳に記入するだけでした。土曜日だからでしょうか、係員は一人。教会に行きたいので場所を聞きましたが、良くわからないと・・・??ともあれ宗教地区に行けばいいらしいです。ここで見学者用のパンフレットを頂きました。
 園内はゆったりとして緑が多く、住居や施設の建物が並んでいます。喫茶店もありましたが、閉まっていました。礼拝堂以外に興味がないので、1時間見て廻って10:30の船で高松へ戻りました。
 連絡船は高松と庵治の2か所から出航し、それぞれ1日4往復あるので、結構便利です。また国営なので運賃は無料です。
by gipsymania | 2011-11-29 14:13 | 建築 | Trackback | Comments(8)
解体されるメジャー別荘
 軽井沢にお住まいのケムリさんよりメールをいただきました。私が見つけることができなかった旧メジャー別荘が解体されるとのこと。送ってもらった写真を見ると、確かに解体直前。窓はすでに外され、家具などが運び出されているようです。

 軽井沢は個人の別荘なので情報がなく、現存していたのを知りながら場所が分からず、私にとってはベールに包まれたような建物でした。外観を見るとかなり大きな2階建てで、開口部に白い木枠を配して濃褐色の建物を引き立て、ヴォーリズの軽井沢別荘建築に共通した、石積みの上に土管を突き出した煙突、中には石積みの暖炉がある魅力的な建物です。
 
 メールによると「主な価値のあるものは全て外されていました。作り付けのベンチ(ヴォーリズ建築の特徴)は前日ナショナルトラストの方で外して保管したそうです。が、後は粉々になるのかと思うと悲しくなりました。居住者は初代はがラックモアーさん(やはり東洋英和に貢献した方)、それからメジャーさん、その後田中さん、そして東京の不動産業者、そして壊す!中に入ってみると湿気の多いところなのに床がとってもしっかりしていて軋みは全くありませんでした。また作り付けの食器棚の引き出しもスムーズに開きました。」ということです。また一つヴォーリズ建築は消えていくのはいかにも残念。木造2階建て。

旧メジャー別荘
1918(大正7)年
北佐久郡軽井沢町
撮影 : 2011.9.14
運び出された家具類。左下に天井照明灯具が見えます。これも価値がありそうです。
 石積みの暖炉。2枚目にも別の暖炉が写っています。貴重な財産がまた一つ消えることになりました。
by gipsymania | 2011-09-17 17:58 | 建築 | Trackback | Comments(5)
Mackay Memorial Hospital(馬偕紀念醫院)
 ヴォーリズの作品リストで台湾にMackay Memorial Hospitalという建物があり、現存していたらいつか見たいと思っていました。Google Mapのストリートビューで見ると建物は新しくなっていますが、煉瓦造りのアーチなどがあるようです。最近友人が台湾旅行すると聞いて、写真撮影を頼みました。

 最新鋭の病院に建て替えたときに一部の外壁を建物下部に、またアーチ構造物をモニュメントとして残したようです。古い病院の写真を見ていないため、この煉瓦構造物がヴォーリズの設計によるものかはわかりませんが、そうであることを期待して、アップします。

Mackay Memorial Hospital(馬偕紀念醫院)
1937(昭和12)年
台北市中山北路二段 92 号
撮影 : 2011.8.22
 煉瓦はシンプルな長手積み。大阪教会(1922年)スコットホール(1921年)西南学院講堂(1921年)アーモスト館(1932年)啓明館(1915年)新島遺品庫(1942年)致遠館(1916年)などの同志社煉瓦建築など、ほとんどがイギリス積みなので、多少この遺構がヴォーリ作品ズかどうか不安がありますが、もっと古い今は亡き福島教会(1909年)は長手積みなので、あながち違うとも言えないようです。築年はそれらより新しいのですが、台湾特有の材料入手の事情かもしれません。
by gipsymania | 2011-09-13 13:52 | 建築 | Trackback | Comments(0)
北星学園創立百周年記念館
 実際の設計はM.ヒンデル(Max Hinder)ですが、初めはヴォーリズに依頼され、原案を作った状態でヒンデルに引き継がれたという経緯があり、「レトロな建物を訪ねて」ではなく、こちらのブログで取り上げます。

 アメリカのミッションボードから派遣された、歴代の女性宣教師が使い継がれた住居で、1989年、北星学園の創立100周年を契機に現在地に移設保存され、外壁のからし色と窓枠や屋根の緑色を創建時の色に再現しました。現在は月・水・金曜日の12時00分~17時00分の間に一般開放され、数々の歴史的な資料を展示しています。

 右の写真は「モダニズムだけじゃない建築ブログDOCOMORO100」にあったヴォーリズの原図。どういう経緯でバトンタッチされたのかよくわかりませんが、ヒンデルといえば大正末より昭和初期にかけて、聖フランシスコ修道院、北大手稲山パラダイスヒュッテ、函館トラピスチヌ修道院、上智大学1号館、カトリック松が峰教会、南山大学ライネルス館など、カトリック系の学校や教会の設計などを数多く手掛けた建築家。プロテスタントの建物を設計したのは珍しい、というかこの建物だけではないでしょうか。

 原図から建物の形状は詳しくわかりませんが、一見してヴォーリズらしさを感じさせず、屋根の勾配も実際より緩やかなようです。ヒンデルはスイス生まれで豪雪地帯の住宅設計を持ちこんだといわれ、急勾配の屋根や南側の大きな窓、外壁の保温処理など、むしろヒンデルの特徴が出ている気がします。国の登録有形文化財と札幌市都市景観賞の木造3階建て。

北星学園創立百周年記念館
旧北星女学校宣教師館
1926(大正15)
登録有形文化財
札幌市都市景観賞
基本設計 : W.M.ヴォーリズ
実施設計 : マックス・ヒンデル
施工 : 三浦建築工務所
札幌市中央区南4条西17-2
撮影 : 2011.8.26
by gipsymania | 2011-09-01 16:29 | 建築 | Trackback | Comments(6)
片岡山荘のベイウィンドウ
 5年前に訪れた片岡山荘。その時は建物の正面しか見ることができませんでした。最近、軽井沢の建物の写真を頂いているケムリさんから、内覧会があったとのことで、裏側にある美しいベイウィンドウの写真を頂きましたので紹介します。ヴォーリズの建築リストではDr.鈴木の診療所になっています。前回訪ねた後の2008年に国の登録有形文化財に指定されました。

片岡山荘
旧鈴木歯科診療所
1936(昭和11)年
登録有形文化財
長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢字西屋敷裏外167-15
撮影 2011.7.2

 ↓は文化遺産オンラインにあるベイウィンドウの内部です。

by gipsymania | 2011-07-12 15:56 | 建築 | Trackback | Comments(3)
AGORA - 旧朝吹山荘
 最近紹介したばかりの軽井沢にある旧朝吹山荘「睡鳩荘」がJALのAGOLA最新判7月号に掲載されています。
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by gipsymania | 2011-07-03 21:53 | 建築 | Trackback | Comments(0)
浮田山荘
 これも軽井沢在住のケムリさんから頂いた写真です。細い山道の奥にあるので、私は近くまで行きながら発見できなかった建物でした。

 ヴォーリズが軽井沢で夏の避暑に集まる外国人牧師との交流の拠点として建てた山荘。ヴォーリズは、ここ軽井沢にも設計事務所を作り、昼間はいわゆる営業活動をしながら、設計業務を行い、夜はこの山荘で休んでいたと思われます。軽井沢のみならず、全国に教会や牧師館を建てた源泉は軽井沢での活動があったからでしょう。

 「九尺二間」と称する、最小限の空間に快適で健康的な住まいを目指した、実験的な住宅として有名です。ここでも妻面に浅間石積みの煙突を配する軽井沢らしい雰囲気いっぱいの山荘。ヴォーリズの後に洋画家の浮田克躬氏の所有となり、現在も浮田家に使い続けられています。木造2階建て。

浮田山荘
旧ヴォーリズ山荘 1922(大正11)年
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢
撮影 : 2010.5.5
「ヴォーリズ建築の100年」に載ったもので内部の写真があります。
by gipsymania | 2011-04-10 12:07 | 建築 | Trackback | Comments(6)
福井別荘「鶴楼」
 これもケムリさんから頂いた写真です。私がこの山荘を知ったのは軽井沢ヴィネット2010年春号を見てからです。それまで存在すら知りませんでした。東京在住の岸本広吉氏がヴォーリズに依頼して建てた別荘で、現在もその孫にあたるかたが大事に使われています。

 別荘地の緑の雰囲気に溶け込んだような、ヴォーリズの作風を感じる素晴らしい建物です。1941年といえば太平洋戦争に突入した年。物資が不足していたころで、かつヴォーリズ建築事務所の仕事が少なくなっていた時期でしょうが、写真から見る限り、それを感じさせない丁寧な作りになっています。

 正面の妻側から見た浅間石積みの煙突が鶴の形に似ているため「鶴楼(かくろう)」と呼ばれているそうです。軽井沢ヴィネットにはほぼ全貌がわかる外観写真とともに、内部の写真も掲載されています。ヴォーリズらしい明るく住みやすそうなリビングとダイニングルーム、そして2階には別荘としては珍しい京間があります。木造2階建て。

福井別荘「鶴楼」
旧岸本広吉山荘
1941(昭和16)年
長野県北佐久郡軽井沢町
撮影 : 2010.5.5
軽井沢ヴィネットに載った福井別荘「鶴楼」。
by gipsymania | 2011-04-03 17:40 | 建築 | Trackback | Comments(0)
朝吹山荘「睡鳩荘」
 5年近く前に軽井沢を訪ねたときに見つけられなかった朝吹山荘、通称「睡鳩荘」(すいきゅうそう)。その後、旧軽井沢の奥にあった建物が塩沢湖畔(タリアセン)に移築されて公開されていることは知っていました。最近このブログを見てくださった、軽井沢在住のケムリさんから、思いがけなく美しい写真を送ってもらいましたので紹介します。

 三井財閥の一員で、後に三越や朝日生命の社長だった朝吹常吉氏の別荘として建てられ、長くボーヴォワールやサガンの翻訳家として有名な朝吹登水子さんが住まれた別荘です。なお朝吹登水子さんは今年の第144回芥川賞に選ばれた朝吹真理子さんの大叔母にあたる文学一家の生まれです。ちなみに東京高輪にはこのブログで紹介した旧朝吹常吉邸があり、これもヴォーリズの設計です。

 別荘地に似合う山荘風のバルコニーがあり、ヴォーリズ煙突のある最上級の木造建築。2008(平成20)年に滋賀県立近代美術館で開催された「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ展」で、建物の解体の様子を写したビデオを見ました。一つ一つの部材を丁寧に仕分けしているのが印象的でした。ほとんど元の材料を使って再建したもので、多少のお色直しもあったでしょうが、素晴らしい形で残っています。また一般公開して、内部も見れるのがうれしいです。木造2階建て。

朝吹山荘「睡鳩荘」
旧朝吹常吉山荘 1931(昭和6)年
北佐久郡軽井沢町塩沢湖217 軽井沢タリアセン内
撮影 : 2009
 湖に面した真裏。(以下もケムリさんのコメントを参考にしています)
 1階リビングとその天井照明。
 階段踊り場の照明。少し見えてる絵は多分朝吹常吉氏。
 2階のファミリールームとカーテンのアップ。
 登水子さんの部屋。机とお気に入りの照明器具。
 塩沢湖畔に前からあったように佇んでいます。
by gipsymania | 2011-03-28 13:39 | 建築 | Trackback(1) | Comments(0)