カテゴリ:建築( 274 )

再び京都御幸町教会へ

c0094541_10315595.jpg
 京都の御幸町(ごこうまち)にある大正初期の古い教会。前回訪ねたのはもう8年近く前になります。今回は内覧ができるということで、よみうり文化センター主催の「京都の近代建築を訪ねる」という催しに参加しました。

 煉瓦造りで尖塔アーチ窓が並ぶゴシック様式の教会堂です。同じ煉瓦造りで、最も古いヴォーリズ建築として残っていた福島教会(明治42年築)が、残念ながら東日本大震災で倒壊したため、現存する最も古い教会になりました。

 ちなみに現存するヴォーリズ建築で、もっと古いものは、近江八幡の吉田邸ウォーターハウス邸、同じ京都では京都帝大学生YMCA地塩寮京都府立医大学生YMCA橘井寮(いずれも大正2年築)があります。

 また今年は耐震補強工事が完了し、5月25日は100周年に当たり、記念の催しが営まれたそうです。京都市指定文化財の煉瓦造り、平屋建て。

日本基督教団 京都御幸町教会
旧日本メソジスト京都中央基督教会
1914(大正3)年
京都市指定文化財
京都市中京区御幸町通二条下ル山本町434
撮影 2014.6.4
c0094541_10352647.jpg
c0094541_10353615.jpg
c0094541_10354959.jpg
c0094541_10355970.jpg
c0094541_103698.jpg
 正面のエントランス前は石畳。
c0094541_1036489.jpg
c0094541_10365725.jpg
 聖壇前にあるのは「恵みの座」。ひざまずいて祈るための木製ベンチで珍しいとか。そういえば私自身も多分初めて見ました。
c0094541_10415288.jpg
c0094541_1042111.jpg
c0094541_10421040.jpg
c0094541_10422147.jpg
c0094541_10423140.jpg
 耐震工事で取り換えも検討された木の床は、手間はかかったが昔のままの材料で組みなおしたそうです。
c0094541_1044436.jpg
 巨大な上げ下げ扉の説明をされている難波牧師。住宅の小型の上げ下げ窓は珍しくありませんが、さすがにこのサイズは初めて見ました。柱に滑車と錘(おもり)が内臓されているわけです。
c0094541_104831100.jpg
c0094541_10484119.jpg
c0094541_10485144.jpg
c0094541_1049387.jpg
 中二階へ。
c0094541_10495112.jpg
c0094541_1050181.jpg
 屋根を支える構造は単純なトラスです。思ったより木材のサイズが細いと感じました。
c0094541_10501552.jpg
c0094541_105026100.jpg
 今年の5月25日は100周年。記念のフラッグです。
c0094541_10512862.jpg
 お土産に頂いた100周年記念史です。
[PR]
by gipsymania | 2014-06-06 11:01 | 建築

大丸ヴィラの門が開いていました

c0094541_95304.jpg
  別件で通りかかったら、珍しく南側の門が開いていました。とっさにカメラを出して撮影しましたが、あわてたのと後ろから車が門に入ってくるとかで動揺。ピントも絞りも合っていません。(_ _;; 

 なお塀越しに撮った写真はコチラをどうぞ。

大丸ヴィラ (中道軒)
旧 下村正太郎邸 1932(昭和7)年
京都市登録有形文化財
京都市上京区烏丸丸太町
撮影 : 2014.5.9
c0094541_954268.jpg
 庭の手入れをしているように見えます。一般開放の兆しだったらうれしいのですが、それはないな。(笑)

 車が入ったあとにもう一回写真を撮りたかったところですが、その日は「京都の御屋敷巡り」の催しで団体行動中なのでかなわず。
[PR]
by gipsymania | 2014-05-11 09:56 | 建築

浮田山荘

c0094541_10543078.jpg
 7年前は発見できなかった旧ヴォーリズ山荘。軽井沢在住のケムリさんから頂いた写真を紹介しましたが、今回は自力で見つけました。細い山道の奥にあって、もう先には家などなさそうな山道をさらに進んだところにありました。

 ヴォーリズが軽井沢で夏の避暑に集まる外国人牧師との交流の拠点として建てた山荘。ヴォーリズは、ここ軽井沢にも設計事務所を作り、昼間はいわゆる営業活動をしながら、設計業務を行い、夜はこの山荘で休んでいたと思われます。軽井沢のみならず、全国に教会や牧師館を建てた源泉は軽井沢での活動があったからでしょう。

 「九尺二間」と称する、最小限の空間に快適で健康的な住まいを目指した、実験的な住宅として有名です。ここでも妻面に浅間石積みの煙突を配する軽井沢らしい雰囲気いっぱいの山荘。ヴォーリズの後に洋画家の浮田克躬氏の所有となり、現在も浮田家に使い続けられています。木造平屋建て。

浮田山荘
旧ヴォーリズ山荘 1922(大正11)年
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢
撮影 : 2013.10.8
c0094541_10553132.jpg
c0094541_10554412.jpg
c0094541_10555558.jpg
c0094541_1056563.jpg
c0094541_10561717.jpg
c0094541_10562879.jpg
c0094541_10564083.jpg
前の小道の状態を見ると自転車は走りづらいです。したがって、この家から旧軽井沢の中心にあった事務所までは歩いて通っていたのでしょう。こんな森の奥なので、夜道は淋しいでしょうし、それ以前に夜中は住むこと自体が怖そうです。
[PR]
by gipsymania | 2013-11-16 10:59 | 建築

青葉幼稚園山荘へ再び

c0094541_1032586.jpg
 一夜明けて、早朝から散策です。前に行ったことがあるヴォーリズレーンの入口の記憶が定かでなく、少し迷って時間をロスしてしまいました。

 富山県富山市の私立青葉幼稚園を創立した、カナダの女性の宣教師アーム ストロングの別荘だった住宅。

 ヴォーリズレーンを東に進み、近江兄弟社コテージが消失したことを確認しつつ、手前で二つに分かれた道を7年前とは違い右に入り奥に進みます。マーガレット・アームストロングという婦人宣教師の夏の家として建てられました。7年前は上の道から上部の2階部分を見たわけですが、今回は下から見ることができました。下から見ると3階建てになっているのがわかります。玄関は2階部分にあるので、1階に行くには中で階段を下るのですね。

 山崎さんから、これらの下から見上げた建物は青葉幼稚園軽井沢山荘ではないというご指摘を頂きました。その前に行った時のページを見てください。こちらは間違いないようです。(2014.5.21)

青葉幼稚園軽井沢山荘
旧アームストロング山荘
1920(大正9)年
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1224
撮影 2013.10.8
c0094541_10411587.jpg
c0094541_10412743.jpg
c0094541_10413749.jpg
 ↓ 7年前に上の道から撮った写真。
c0094541_10422682.jpg

c0094541_10465910.jpg

[PR]
by gipsymania | 2013-11-07 10:43 | 建築

再び軽井沢集会堂へ

c0094541_16265631.jpg
 軽井沢テニスコートの隣にある集会堂は7年前と変わりません。

 軽井沢集会堂は、大正11年(1922)に日本人有志によって建設されました。この集会堂では、講演会、音楽会、映画会、展覧会などの催し物が行わ、昔の軽井沢の文化会館のような役割をはたしていました。今の集会堂は1994年に改築されたものです。

軽井沢集会堂
1922(大正11)年/1994(平成6)年改築
長野県北佐久郡軽井沢町旧道
撮影 2013.10.7
c0094541_16273087.jpg
c0094541_16274322.jpg
c0094541_16275480.jpg
c0094541_1628358.jpg
c0094541_16281185.jpg
c0094541_1628214.jpg
 夕闇が迫ってきました。そろそろ万平ホテルに戻って夕食です。
[PR]
by gipsymania | 2013-10-31 16:30 | 建築

再び軽井沢会テニスクラブ・クラブハウスへ

c0094541_9241612.jpg
 天皇ご夫妻の出会いの場所として有名なテニスクラブです。

 7年前と変わっていません。ただ周囲のフェンスの目が細かくなったようで、カメラのレンズがネットの間に入りません。また日が陰ってしまったので、写りがイマイチです。7年前に訪ねたのは昼間なので綺麗に見えます。木造2階建て。

軽井沢会テニスクラブ・クラブハウス
1930(昭和5)年/1995(平成7)年改築
施工 : 後藤工務所
長野県北佐久郡軽井沢町旧道
撮影 : 2013.10.7
c0094541_9252376.jpg
c0094541_9253224.jpg
c0094541_9254155.jpg

[PR]
by gipsymania | 2013-10-24 09:29 | 建築

軽井沢ユニオン教会

c0094541_1532291.jpg
 久々のアップです。

 7年ぶりに軽井沢へ行く機会がありました。大阪発のクラシックホテルを巡るバスツアーに参加。最初の日が軽井沢の万平ホテルに泊ったのです。

 軽井沢では夕方に着き、朝出発の過密スケジュール。周辺を見る時間が限られていたので、ホテル近くの建物を少し見ただけです。

 まずは軽井沢ユニオン教会。7年前は閉まっていましたが、今回は夕刻とはいえ、ドアが解放されていました。明かりの灯った十字架が印象的で、内部も照明が点っていて、思わぬ行幸でした。

軽井沢ユニオン教会
1906(明治39)年
長野県北佐久郡軽井沢町旧道
撮影 2013.10.7
c0094541_15332590.jpg
c0094541_15333576.jpg
c0094541_15335273.jpg
 日が陰って薄暗くなりつつあります。
c0094541_15343543.jpg
c0094541_15344586.jpg
c0094541_15345738.jpg
c0094541_1535668.jpg
c0094541_15351629.jpg
c0094541_15353335.jpg
 プロテスタント教会らしく装飾はありませんが、高い天井を細めの木製の梁と柱で支えています。
c0094541_15354161.jpg
c0094541_15354958.jpg
c0094541_15355836.jpg
c0094541_1536676.jpg
 入口横の階段をあがると・・・
c0094541_15364056.jpg

c0094541_15364896.jpg
 会堂を見下ろす小さな小部屋がありました。 
c0094541_15374232.jpg
 最近は常に開放されていると思われます。軽井沢は新発見はありませんが、あと数軒見てきたので、徐々にアップします。
[PR]
by gipsymania | 2013-10-15 15:43 | 建築

再び近江岸邸へ

c0094541_1358923.jpg
  石津川の富久邸を見た後、ここまで来たら南海電車であと2駅。浜寺公園の近江岸(おうみきし)邸を再訪しました。前に訪ねたのは2006年6月ですから、ほぼ7年前のことです。前回は小雨の中の撮影。今回は快晴です。

 1934(昭和9)年の設計で翌年の完工。この頃はヴォーリズの円熟期。スパニッシュ瓦葺,切妻造の住宅で、関西では小寺邸なきあとの貴重なスパニッシュ邸宅です。国の登録有形文化財の木造2階建て。

近江岸家住宅
1935(昭和10)年
有形登録文化財
施工 : 岡本工務店
堺市西区浜寺昭和町3-351
撮影 : 2013.2.10
c0094541_1413342.jpg
c0094541_14131576.jpg
c0094541_14132565.jpg
c0094541_141334100.jpg
c0094541_14134420.jpg
c0094541_14135330.jpg
c0094541_1414330.jpg
c0094541_14141335.jpg
c0094541_14142296.jpg
c0094541_14143163.jpg
c0094541_14144035.jpg
 久しぶりに見ましたが、美しい姿はそのままで、庭内の植木もよく手入れされていて、大切に使われていることがわかります。
[PR]
by gipsymania | 2013-02-18 14:15 | 建築

富久邸

c0094541_1561446.jpg
 現存しているのは数年前から知っていましたが、大阪の堺市しか場所がわからなかった建物。ネット検索をしていて Tato DESIGN という会社が賃貸の募集をしていて、去年の8月と12月に内覧会を開催したことがわかりました。過去2回とも気づいたときには終了していて、残念。今回は網を張っていたので見逃すことなく申込みました。

 ヴォーリズ作品としては数少ない純和風建築の住宅。洋館に隣接した主屋にはそれなりに和風建築はありますが、単独で現存しているのは、石橋邸滝川邸宮川邸内炭邸旧広瀬邸(いずれも近江八幡)と近江今津の前川邸 、軽井沢の福井別荘「鶴楼」くらいでしょう。

 南海電鉄石津川駅の近くにあり、周辺には同年代の地区と思われる和風住宅がいくつか残っていて、当時は海岸に近い高級住宅地であったことが伺えます。一番乗りして現オーナーの富久(とみひさ)慎太郎さんご夫妻に歓待され、くまなく内部も見せていただきました。オーナーさんの祖父が知人伝いにウォーリズに依頼されて建てられ、その後、約80年間大切に使われ続けてきた上質の住宅でした。特に内部の建具は手の込んだデザインです。

 間取は、1階がキッチン、納戸、洋室(4.5帖)、和室(8帖+6帖)の89平米、2階が洋室(6帖)、和室(6帖+8帖)の53平米の合計142平米(42.95坪)。また、大小の庭が建物の南北にあり、敷地の広さは約140坪あります。

 ヴォーリズファンとしては内覧させてもらったことと同時に、大切に保存されている図面も見せて頂いたのは貴重な体験でした。

富久邸
1933(昭和8)年
堺市西区浜寺石津町西
撮影 : 2013.2.10
c0094541_157499.jpg
c0094541_158711.jpg
c0094541_1581627.jpg
 玄関は西向き。
c0094541_1513850.jpg
c0094541_15131773.jpg
c0094541_15132534.jpg
 東側と北側からの眺め。
c0094541_15142898.jpg
c0094541_15143835.jpg
c0094541_15145091.jpg
c0094541_1515133.jpg
 1階の和室と洋室。
c0094541_15154985.jpg
c0094541_15155959.jpg
c0094541_1516895.jpg
 キッチンにある作り付けの真っ白な戸棚と食器棚。見せていただいた図面によると大丸百貨店の製品を使うように指示されていました。やはりヴォーリズは大丸との関わりが強いようです。
c0094541_15165185.jpg
 キッチンから洋室へ料理を渡すように引き戸になっています。
c0094541_15173926.jpg
c0094541_15174836.jpg
 キッチン横の浴室は改造されたそうですが、このタイルと天井は昔のまま。
c0094541_15182918.jpg
 トイレの明かり取りのガラス。
c0094541_1519691.jpg
 1階和室の縁側の右にある丸窓の明り取り。
c0094541_15195376.jpg
c0094541_1520116.jpg
c0094541_1520942.jpg
 天井は上質の板材が使われています。
c0094541_15211083.jpg

c0094541_1521416.jpg

c0094541_1524136.jpg
 印象的な階段。丸太をそのまま使った手すりは飴色に光って年代を感じます。
c0094541_15251514.jpg

 踊り場の縦長窓。
c0094541_15255674.jpg
c0094541_1526794.jpg

c0094541_15265723.jpg
 2階の洋室。
c0094541_1527249.jpg
c0094541_15273235.jpg
c0094541_15274394.jpg
 2階の和室。
c0094541_1528303.jpg
c0094541_1528398.jpg
 これらはヴォーリズではありませんが、昔のままの家具が大事にのこされています。
c0094541_15291872.jpg
c0094541_15405287.jpg
 昔のままの金具。ドアノブの上にあるのはノッカーです。
c0094541_15293057.jpg

 ヴォーリズ建築事務所のブループリントの設計図が数多く、大切に保管されています。
c0094541_15304491.jpg
 図面のタイトルは RESIDENCE FOR W. TOMIHISA ESQ HAMADERA
c0094541_15314944.jpg
 W. M. VORIES & CO. ARCHITECTS OSAKA OFFICE
c0094541_15431238.jpg
 作図は1933年7月27日、改正日付は9月15日。築年が1933年。建物の完成間近まで図面の改正を行ったことがわかります。
c0094541_15332880.jpg
2003年の朝日新聞記事。富久邸が紹介されています。今から10年前にはこの建物がヴォーリズ設計であることがわかっていたわけです。
c0094541_15341177.jpg
 最後に親切に案内くださったオーナーさんに感謝します。

 なお、公開の目的は、使わないでおくと痛むので貴重なヴォーリズ建築を残したいという思いから誰かに使ってもらいたいため。できれば建築事務所やデザイン関係の会社が借りてくれればとおっしゃっていました。Tato DESIGNに連絡すれば、公募の日以外でも見せてもらえるそうなので、興味のあるかたはどうぞ。

 またオーナーの富久慎太郎さんはFacebook で資料の紹介もされているとか。こちらも興味のある方は訪ねてみてください。
[PR]
by gipsymania | 2013-02-11 15:45 | 建築

慶應義塾大学キリスト教青年会館(YMCAチャペル)

c0094541_13223998.jpg
 横浜の港北区役所が主催する「港北OPEN! HERITAGE」という一般公開が、1012年12月8日に催され、その中にヴォーリズ設計の慶應のYMCAチャペルが含まれているのをネット情報で知り、観光を兼ねて横浜に行きました。

 慶應義塾日吉キャンパスの南の端にひっそりと建つ小さなチャペル。解説書によると慶應義塾基督教青年会の創立者の一人だった、元大丸社長の里見淳吉氏らの寄付によって1937(昭和12)年6月に着工し、10月に竣工・献堂式が行われたとあります。大丸との関係が深く、自身がYMCAの活動に熱心だったことが、この建物の設計をするきっかけであったことは間違いないでしょう。慶應は基督教大学ではないので、チャペルがあるのは例がないそうです。

 教会堂はいたって小ぶりでシンプル。外壁は白いモルタル仕上げ、対照的な赤い鉄板葺きの屋根に十字架を立てた尖塔が特徴です。内部も装飾のない簡素な設計で、教壇のある会堂と入口背後にある会員の部屋の二部屋になっていました。屋根の支え構造もシンプルなトラス梁。外観はほぼ創建時の状態を保っているそうです。横浜市内に現存するヴォーリズ建築は、これと横浜共立学園本校舎のみです。横浜市登録歴史的建造物の木造平屋建て。

慶應義塾大学キリスト教青年会館(YMCAチャペル)
1937(昭和12)年
横浜市登録歴史的建造物
横浜市港北区日吉4-1-2
撮影 : 2012.12.8
c0094541_1328345.jpg
c0094541_13284563.jpg
c0094541_13285758.jpg
c0094541_1329619.jpg
c0094541_13291585.jpg
c0094541_13292490.jpg
c0094541_13293393.jpg
c0094541_1329423.jpg
c0094541_13295042.jpg
c0094541_13295960.jpg
c0094541_13301881.jpg
c0094541_13302791.jpg
c0094541_1330367.jpg
c0094541_13304699.jpg
c0094541_13305855.jpg
c0094541_1331741.jpg
 正面からはイチョウの木の影になって見えませんが、反対側に廻ると尖塔と赤い屋根がよく見えます。
c0094541_13313839.jpg
c0094541_13315040.jpg
 日吉駅からすぐに校門。緩やかな坂にある美しいイチョウ並木の紅葉は、見頃を少し過ぎたようで、落ち葉が道に舞っていました。
[PR]
by gipsymania | 2012-12-10 13:34 | 建築