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前田邸が読売新聞に

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 昨日(2月26日)、近江八幡の前田邸を再度アップしましたが、帰宅して夕刊を開いて見ると、どこかで見た建物の写真が目に入りました。なんと前田邸じゃないですか。読売新聞の「とくだね紀行・近江八幡市」という全面記事でした。

 なかなか見れない前田邸の正面に前田さんが写っています。それにしても素晴らしい建物です。前田さんは近江兄弟社でヴォーリズさんの個人秘書のような役目をした人で、ヴォーリズさんは「直線・鋭角のデザインは冷たい感じがして嫌い」と言っていたとか。「この家はあちこちに柔らかな曲線が取り入れられ温かな気持ちになる」とおっしゃっています。

 そのほかにもヴォーリズ氏にまつわるエピソードが。

 背広にステッキ、山高帽のスタイルでこの町を闊歩し、出合う人に笑顔と手に持ったステッキを軽く掲げた挨拶を欠かさなかった。

 近江兄弟社学園で飼っていた七面鳥を見て、まじめな顔で「食べてほしいといってますね」とつぶやくなど、とにかくユーモアのある人だった。

 前田さんは「朝、自宅まで迎えに行くことが多かったが、近江兄弟社までの道を一緒にあるくのが、ちょっと恥ずかしかった。」ヴォーリズ氏は右手を同伴者の腕に回すくせがあった。

 人柄が偲ばれるエピソードです。

 ↓はハイド記念館の写真です。
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by gipsymania | 2007-02-27 09:56 | 建築

再び近江八幡の前田邸へ

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 昨年9月に行った時には正面のエントランスの手前に木が生い茂っていました。
http://gipsymania.exblog.jp/5181656/
今回は冬なので落葉してもう少し見えないかと思い再訪。↑は今回撮影したものです。

前田邸
旧 佐藤久勝邸 1931(昭和6)年
登録有形文化財
滋賀県近江八幡市小船木町
撮影 2007.1.27
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 2006年9月23日撮影                          こちらが今回。多少視野が広がりました。
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 木製の門扉は無塗装です。
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by gipsymania | 2007-02-26 10:22

近江八幡の旧YMCA会館を再訪

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 前回、改修後の旧YMCA会館を訪問したとき気づきました。改修前の写真と微妙に違っていました。西面の2階にあるベランダがまだ取り付けられていなかったのです。

旧YMCA会館 1935(昭和19)年
滋賀県近江八幡市為心町中
撮影 2007.1.27
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2006年11月25日、ベランダがありません。               2007年1月27日、取り付けられたことを確認しました。
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 中も整備されたようです。この建物は何に使われるのでしょう。
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by gipsymania | 2007-02-22 10:06 | 建築

再び旧八幡郵便局へ

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 醒井宿資料館から近江野田教会へ移動する途中、昼食を兼ねて近江八幡へ。
 ここ旧八幡郵便局はこれで3回目です。
http://gipsymania.exblog.jp/5113862

旧八幡郵便局 1921(大正10)年
滋賀県近江八幡市仲屋町中8
撮影 2007.1.17
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 この日は入ったところにあるカウンターには雛人形の飾り。
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 中から入り口を振り返ったところ。
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 上部の窓。
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 なかなか上手く撮れなかった紫ガラスのドアノブ。両側とも紫色でした。
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by gipsymania | 2007-02-20 09:46 | 建築

日本基督教団 塚口教会

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 尼崎市の塚口にある塚口教会。これも戦後の作品です。礼拝堂と鐘楼が昭和35年に、その後併設する教育会館が平成11年に建てられました。

日本基督教団 塚口教会 鐘楼と礼拝堂1960(昭和35)年/教育会館1999(平成11)年
兵庫県尼崎市南塚口町2-34-3
撮影 2007.2.12
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 礼拝堂の北面を西側と東側から。
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 鐘楼下部のエントランス。「定礎1959」という刻印がありました。
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 礼拝堂の窓は建てに長く、上部がアーチになっています。
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 この窓ガラスは中から見ると光を受けて黄金色に輝くので、礼拝に行かないとよさが分かりません。少しだけ向こうの窓の光が手前の外側からも。
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 いい感じの窓ですね。やはり中から見ないといけません。
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 手前の新しい教育会館は、近江兄弟社学園の幼稚園と似た意匠です。これも一粒社ヴォーリズ建築事務所の設計のように見えます。
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 鐘楼のエントランスを斜めから。
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 鐘楼にある窓。
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 こちらは教育会館のエントランス。
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 エントランスから教育会館の中を覗いてみました。
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by gipsymania | 2007-02-17 23:24 | 建築

米原市の醒井宿資料館

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 中仙道の醒ヶ井宿にヴォーリズの設計した建物があります。木造2階建ての洋風建物で、昭和48年まで醒井郵便局として使用されていました。現存の局舎は昭和9年(1934)外側をモルタル張りにして、玄関の位置や内部の間取りを変更したもので、登録有形文化財に指定されました。現在は資料館として建物の2階部分で江戸時代の醒井宿に関する古文書を展示。

醒井宿資料館
旧 醒井郵便局 1915(大正4)年/1934(昭和9)年改築/2001(平成13)年改修
登録有形文化財
滋賀県米原市醒井592
撮影 2007.1.27
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 郵便局は中山道に面して建っています。この先に旧醒ヶ井宿の本陣がありました。
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 正面は西向き。赤い郵便ポストが立っているのでわかり易い。
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 正面は中央部が張り出しています。
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 ネオクラシック風の意匠。醒井郵便局の文字が今も残っています。
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 正面裏を東から。
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 北の窓から。
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 中からエントランスを見たところ。
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 入ってすぐ左には木製の電話ボックス。
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 1階の展示室。
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 天井の照明器具取り付け部分の意匠は昔のまま残してあるそうです。
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 1階展示室にあるヴォーリズのパネル。
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 2階へ上がる階段。1階の見学は無料ですが、2階へ行くのは有料(200円/人)です。
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 2階の正面部分が出窓のようになっています。
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 出窓においてあった籐椅子。
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 2階は和室が3部屋ありました。
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 和室の間の欄間はあくまでも和風。
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 東側の資料展示室。
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 引き上げ窓の金具。
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 こちらはドアの金具。
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 2階の窓から正面ファサードの細かな細工がよくわかります。
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 ヴォーリズにしては急な階段を下りて。使い込んで中央部が磨り減っていますね。
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 エントランスポーチの庇の細工。
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Pe's Poem 「風とこたえて」
   
   ふっと離れた
   指を追うように
   落ちていった
   花びらの
   その
   ゆれる距離に
   たじろいだ
   キミは
   一本のばらを見つめながらc0094541_10353312.jpg
   空に吸い込まれてしまう
   
   ・・・ようなことなのね
   と 訊かれ
   トゲに触れ
   やっかいな赤い血を
   流すはずだった
   人差し指を見つめる
   その先に
   どんなキズが
   どんな痛みに
   続こうとしていたのか
   
   季節はずれの
   突風にゆれてc0094541_10355338.jpg
   咲き続けるばら
   そのばらというばらを
   払う仕事に
   追われていたはずの
   キミは
   やはり
   どこにもいなかったのだ
   こぼれそうな花びらをくぐり
   染まるはずだった
   
   外側から内側へ
   らせん状にc0094541_10412537.jpg
   狭くなる道に沿って
   たどりつけば
   見えるはずだった
   空は
   どこまでも
   深い
   キミの
   消失点
   どこにもいなかったのだ
   と こたえようとして
   そこから始まる
   キミの
   眩暈
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by gipsymania | 2007-02-15 10:45 | 建築

大津市の旧磯田医院

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 京阪電車の唐橋前で下車して東へ行って瀬田唐橋を渡り道沿いにさらに東に行くと通りに面した洋館が見えてきます。ここも長い間探していて場所がわからなかったところです。地元の(多分)こがね丸さんに教えていただきました。今は医院は閉まっていて空き家になっているようですが、白い壁と赤い瓦が印象的な昭和の初期の立派な建物でした。これほどの建物が今までネットで写真を紹介されていないのが不思議なくらいです。

 Todome.K さんから解体されたという情報をいただきました。多分間違いないと思います。また貴重なヴォーリズ建築が一つ消滅しました。(2013.8.30)

旧 磯田医院 1930(昭和5)年
滋賀県大津市神領1-11
撮影 2007.2.10
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 唐橋の方から東に進むと見えてきました。
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 これは東側に通り過ぎた位置から。こちら側の屋根は寄せ棟です。
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 正面のファサード。
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 西側の端を見ています。
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 正面の2連アーチ窓が素晴らしい。
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 表面は石造り。
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 庇の部分。
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 玄関前には歴史を感じさせる煉瓦のステップが残っています。いいですね、これ。
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 入り口のドアはベニヤ板が貼ってありました。左側の取っ手は3本のうち2本がなくなっています。
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 玄関ポーチの庇の木もかなり傷んでいます。
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 近江八幡郵便局に似た意匠で立派な建物でした。空き家になっているのでこれからどうなるのでしょう。まだ傷みもそれほどではないので、改修は難しくないように感じます。何かに利用できそうですね。買ったらいくらくらいするのでしょうか?
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by gipsymania | 2007-02-12 22:17 | 建築

野洲市の日本基督教団 近江野田教会

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 JR野洲駅から北へ琵琶湖湖畔へ延々と4キロ以上行った田園地帯にある古くてこじんまりとした教会。琵琶湖畔で電車を使って歩いて行けない、車で行くのをお勧めするのは旧朽木郵便局とここだけです。
 教会のホームページhttp://www.uccj-shiga.jp/datails/noda.htmlに教会の由来が書いてありますが、要約すると
1910年
ヴォーリズ一行12人が琵琶湖に船を漕ぎだしたところ、俄に風雨激しく帰幡できなくなり浦谷貞吉の里、野田に着岸。その夜より伝道集会が始まる。野田伝道の開始である。 
1911年
近江八幡教会にて2人の受洗者を得、野田伝道の初穂となる。そして絶えず子ども・青年・大人への伝道がなされた。
1912年
近江八幡教会のブランチ的存在から野田に自立した教会を建設したいとの意欲がでる。青年部、献堂のため資金作りに勤しみ始める。
1926年
念願の「野田基督教青年会館」が出来上がる。<設計=近江兄弟社設計部、建築=野田在住の大工 森伊三郎兄>
1927年
献堂式が盛大に行われた


ヴォーリズがガラリア丸で暴風雨のために立ち寄った野田で早速伝道を始めたというエピソードはさすがと思わせるものがあります。

日本基督教団 近江野田教会
旧 野田基督教会館 1927(昭和2)年
滋賀県野洲市野田1819
撮影 2007.1.27
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 北東側はこんな感じ。
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 教会のホームページで写真を見た印象は、典型的な日本家屋を単に教会として使用しているように感じました。実際は少し南側の奥に入るとやはり典型的な礼拝堂の意匠でした。
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 窓は普通のたて長窓ですが、上部のしっくい部分をアーチに見せる工夫がされています。
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 こちらは裏側北東面の窓。
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 窓にはバラの宗教絵が。
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by gipsymania | 2007-02-10 18:20 | 建築

名古屋市の日本福音 ルーテル復活教会

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c0094541_13194514.jpg 名古屋の有名な徳川園・徳川美術館のすぐ北側に位置するルーテル復活教会。戦後のヴォーリズの教会建築に共通した簡素な建物です。この頃の日本経済は高度成長以前で戦後しばらく続いた財政や物資、建築資材の欠乏が反映されているようです。同じ教会建築でも戦前の作品の方が華麗で凝ったものになっているのは、戦前の方がこの頃よりずっと豊かだったことを示しています。
 しかし、この教会を見てわかるように、こじんまりして質素ですが、可愛く親しみやすい感じを受けます。木造一階建、塔屋付。

 2012年に新たに文化庁の国登録有形文化財に指定されました。

名古屋市の日本福音 ルーテル復活教会
旧復活ルーテル教会 1953(昭和28)年
登録有形文化財
愛知県名古屋市東区徳川町2303
撮影 2007.1.26

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 正面は西。これは南西から見ています。
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 東の裏側。
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 塔屋もあまり高くはありません。
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 正面の十字架。
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 扉の窓をアップで。
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 礼拝堂の南側にある牧師館。
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by gipsymania | 2007-02-08 13:44 | 建築

大津市の日本基督教団 石山教会

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 JRと京阪電車の石山駅から南に10分ほどの住宅地にある緑の屋根の教会。ヴォーリズの戦後の教会建築に共通したシンプルな礼拝堂でした。

日本基督教団 石山教会 1954(昭和29)年
滋賀県大津市栄町18-5
撮影 2007.2.4
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 比較的新しい東側の門。左は清和幼稚園で、礼拝堂とほぼ同時に建てられたようです。
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 尖頭アーチのエントランス。
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 礼拝堂正面には十字架。
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 西の奥に立つ尖塔が印象的です。
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 窓は縦長のアーチ型。
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 北側に牧師館らしきものが併設しています。
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 北西から見ました。
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 礼拝堂の内部です。聖壇もシンプル。
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 アーチ窓が素晴らしい。
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by gipsymania | 2007-02-05 17:39 | 建築