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ピアソン記念館

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 今年の北海道旅行は道東。やっと念願が適ってピアソン邸へ行きました。

 北海道北見市にある、大正時代の歴史的建造物です。北見の創成期の精神・文化などに大きな影響を与えたアメリカ人宣教師のジョージ・ペック・ピアソン夫妻の私邸だったものを、記念館として復元したもの。この私邸は、ピアソン夫妻が15年間にわたって生活した木造2階建の西洋館で、ヴォーリズの設計により建設された日本最北の建築物を保存するという役目も果たしています。

 資料によると、「ピアソン夫婦が15年間生活した後は、福原信一が8年間、ツルーメン宣教師が4年間、唐笠何蝶医師が8年間入居した。その後は、1952年から北見児童相談所として利用され、1963年以降は様々な団体が活用した。1968年から北見市の所有となり、1970年に北見市が復元工事を行い、1971年にピアソン記念館として開館された。」とあります。現在はNPO法人ピアソン会が管理運営しています。

 ピアソン夫妻の故郷エリザベス市の自然に似た美しい高台に建つ、夫妻の好んだスイス風山小屋を思わせる美しい住宅です。外観の意匠は、やはりヴォーリズが原案を作り、スイスの建築家M.ヒンデルが設計した札幌の北星学園創立百周年記念館(旧北星女学校宣教師館)とよく似ています。北海道近代化遺産と北見市指定文化財の木造2階建て。

ピアソン記念館
旧ピアソン夫妻住宅
1914(大正3)年
北海道近代化遺産・北見市指定文化財
北見市幸町7-4-28
撮影 : 2012.8.26
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 当時人々は、この森の中の西洋館を大変珍しがり、夫妻の献身的な人柄を慕い、ここを訪れる人々は絶えなかったとか。現在も緑に囲まれています。
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 1階はピアソン夫妻の数々の遺品の展示室となっています。
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 2階にヴォーリズ(一柳米来留)記念室がありました。
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 ヴォーリズ合名会社のピアソン邸設計図。この高台の3本の柏の木にちなみ「Tree Oaks (みかしわの森)」と名づけたそうです。
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 平成7年に初めてこの建物がヴォーリズの設計と判明。ヴォーリズ研究で有名な大阪芸術大学教授の山形政昭氏が図面を発見したそうです。写真に写っているのは、この建物が完成した次の大正4年にヴォーリズが野付牛教会(当時の北見市)で講演をしたことを示す貴重な記録。
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 今では入手不可能なヴォーリズの近江兄弟社関連の「湖畔の声」などの古書も展示されています。
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 おなじみの岩井克統氏の水彩画も展示。
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 2階には北見の姉妹都市エリザベス市の資料や唐笠何蝶記念室もあります。坂本竜馬の写真があるのは、明治30年に土佐からの北光社移民団が野付牛に到着。想像を絶する原始林を開拓し、北見発展の礎を築いたそうで、その北光社移民団の初代社長が坂本龍馬の甥「坂本直寛」だったためです。
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by gipsymania | 2012-08-30 11:38 | 建築

神戸女学院専門部寄宿舎 北寮

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 このブログにコメントを頂いたゆーらっぷさんという卒業生の方から写真をもらっていたのを失念していました。

 ゆーらっぷさんの書き込みによると「上から見ると 菱形をしていて 中心が同じく菱形の中庭。回廊でぐるっと回れる形になっていました。廊下沿いに 部屋(二人部屋)がずらっと並んでいるのですが、菱形の鈍角部分だけが 変形の広い部屋になっていて 当時 寮生たちは「扇の間」と呼んでいました。(実際には台形ですが)私は 偶然にもその扇の間に 2回も住むことができ とてもラッキーでした。寮内の礼拝堂も 階段も トイレさえも 美しかった。」
とのことです。

 つい最近パクチーさんという同じく卒業生の方からコメントを頂き、北寮のことを聞き、思い出しました。ゆーらっぷさん、大変失礼しました。m(_)m

神戸女学院専門部寄宿舎 北寮
1929(昭和4)年 (現存せず)
兵庫県西宮市岡田山4-1
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by gipsymania | 2012-08-20 14:49 | 建築