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大丸ヴィラの門が開いていました

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  別件で通りかかったら、珍しく南側の門が開いていました。とっさにカメラを出して撮影しましたが、あわてたのと後ろから車が門に入ってくるとかで動揺。ピントも絞りも合っていません。(_ _;; 

 なお塀越しに撮った写真はコチラをどうぞ。

大丸ヴィラ (中道軒)
旧 下村正太郎邸 1932(昭和7)年
京都市登録有形文化財
京都市上京区烏丸丸太町
撮影 : 2014.5.9
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 庭の手入れをしているように見えます。一般開放の兆しだったらうれしいのですが、それはないな。(笑)

 車が入ったあとにもう一回写真を撮りたかったところですが、その日は「京都の御屋敷巡り」の催しで団体行動中なのでかなわず。
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by gipsymania | 2014-05-11 09:56 | 建築

浮田山荘

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 7年前は発見できなかった旧ヴォーリズ山荘。軽井沢在住のケムリさんから頂いた写真を紹介しましたが、今回は自力で見つけました。細い山道の奥にあって、もう先には家などなさそうな山道をさらに進んだところにありました。

 ヴォーリズが軽井沢で夏の避暑に集まる外国人牧師との交流の拠点として建てた山荘。ヴォーリズは、ここ軽井沢にも設計事務所を作り、昼間はいわゆる営業活動をしながら、設計業務を行い、夜はこの山荘で休んでいたと思われます。軽井沢のみならず、全国に教会や牧師館を建てた源泉は軽井沢での活動があったからでしょう。

 「九尺二間」と称する、最小限の空間に快適で健康的な住まいを目指した、実験的な住宅として有名です。ここでも妻面に浅間石積みの煙突を配する軽井沢らしい雰囲気いっぱいの山荘。ヴォーリズの後に洋画家の浮田克躬氏の所有となり、現在も浮田家に使い続けられています。木造平屋建て。

浮田山荘
旧ヴォーリズ山荘 1922(大正11)年
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢
撮影 : 2013.10.8
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前の小道の状態を見ると自転車は走りづらいです。したがって、この家から旧軽井沢の中心にあった事務所までは歩いて通っていたのでしょう。こんな森の奥なので、夜道は淋しいでしょうし、それ以前に夜中は住むこと自体が怖そうです。
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by gipsymania | 2013-11-16 10:59 | 建築

青葉幼稚園山荘へ再び

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 一夜明けて、早朝から散策です。前に行ったことがあるヴォーリズレーンの入口の記憶が定かでなく、少し迷って時間をロスしてしまいました。

 富山県富山市の私立青葉幼稚園を創立した、カナダの女性の宣教師アーム ストロングの別荘だった住宅。

 ヴォーリズレーンを東に進み、近江兄弟社コテージが消失したことを確認しつつ、手前で二つに分かれた道を7年前とは違い右に入り奥に進みます。マーガレット・アームストロングという婦人宣教師の夏の家として建てられました。7年前は上の道から上部の2階部分を見たわけですが、今回は下から見ることができました。下から見ると3階建てになっているのがわかります。玄関は2階部分にあるので、1階に行くには中で階段を下るのですね。

 山崎さんから、これらの下から見上げた建物は青葉幼稚園軽井沢山荘ではないというご指摘を頂きました。その前に行った時のページを見てください。こちらは間違いないようです。(2014.5.21)

青葉幼稚園軽井沢山荘
旧アームストロング山荘
1920(大正9)年
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1224
撮影 2013.10.8
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 ↓ 7年前に上の道から撮った写真。
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by gipsymania | 2013-11-07 10:43 | 建築

再び近江岸邸へ

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  石津川の富久邸を見た後、ここまで来たら南海電車であと2駅。浜寺公園の近江岸(おうみきし)邸を再訪しました。前に訪ねたのは2006年6月ですから、ほぼ7年前のことです。前回は小雨の中の撮影。今回は快晴です。

 1934(昭和9)年の設計で翌年の完工。この頃はヴォーリズの円熟期。スパニッシュ瓦葺,切妻造の住宅で、関西では小寺邸なきあとの貴重なスパニッシュ邸宅です。国の登録有形文化財の木造2階建て。

近江岸家住宅
1935(昭和10)年
有形登録文化財
施工 : 岡本工務店
堺市西区浜寺昭和町3-351
撮影 : 2013.2.10
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 久しぶりに見ましたが、美しい姿はそのままで、庭内の植木もよく手入れされていて、大切に使われていることがわかります。
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by gipsymania | 2013-02-18 14:15 | 建築

富久邸

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 現存しているのは数年前から知っていましたが、大阪の堺市しか場所がわからなかった建物。ネット検索をしていて Tato DESIGN という会社が賃貸の募集をしていて、去年の8月と12月に内覧会を開催したことがわかりました。過去2回とも気づいたときには終了していて、残念。今回は網を張っていたので見逃すことなく申込みました。

 ヴォーリズ作品としては数少ない純和風建築の住宅。洋館に隣接した主屋にはそれなりに和風建築はありますが、単独で現存しているのは、石橋邸滝川邸宮川邸内炭邸旧広瀬邸(いずれも近江八幡)と近江今津の前川邸 、軽井沢の福井別荘「鶴楼」くらいでしょう。

 南海電鉄石津川駅の近くにあり、周辺には同年代の地区と思われる和風住宅がいくつか残っていて、当時は海岸に近い高級住宅地であったことが伺えます。一番乗りして現オーナーの富久(とみひさ)慎太郎さんご夫妻に歓待され、くまなく内部も見せていただきました。オーナーさんの祖父が知人伝いにウォーリズに依頼されて建てられ、その後、約80年間大切に使われ続けてきた上質の住宅でした。特に内部の建具は手の込んだデザインです。

 間取は、1階がキッチン、納戸、洋室(4.5帖)、和室(8帖+6帖)の89平米、2階が洋室(6帖)、和室(6帖+8帖)の53平米の合計142平米(42.95坪)。また、大小の庭が建物の南北にあり、敷地の広さは約140坪あります。

 ヴォーリズファンとしては内覧させてもらったことと同時に、大切に保存されている図面も見せて頂いたのは貴重な体験でした。

富久邸
1933(昭和8)年
堺市西区浜寺石津町西
撮影 : 2013.2.10
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 玄関は西向き。
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 東側と北側からの眺め。
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 1階の和室と洋室。
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 キッチンにある作り付けの真っ白な戸棚と食器棚。見せていただいた図面によると大丸百貨店の製品を使うように指示されていました。やはりヴォーリズは大丸との関わりが強いようです。
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 キッチンから洋室へ料理を渡すように引き戸になっています。
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 キッチン横の浴室は改造されたそうですが、このタイルと天井は昔のまま。
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 トイレの明かり取りのガラス。
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 1階和室の縁側の右にある丸窓の明り取り。
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 天井は上質の板材が使われています。
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 印象的な階段。丸太をそのまま使った手すりは飴色に光って年代を感じます。
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 踊り場の縦長窓。
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 2階の洋室。
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 2階の和室。
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 これらはヴォーリズではありませんが、昔のままの家具が大事にのこされています。
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 昔のままの金具。ドアノブの上にあるのはノッカーです。
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 ヴォーリズ建築事務所のブループリントの設計図が数多く、大切に保管されています。
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 図面のタイトルは RESIDENCE FOR W. TOMIHISA ESQ HAMADERA
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 W. M. VORIES & CO. ARCHITECTS OSAKA OFFICE
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 作図は1933年7月27日、改正日付は9月15日。築年が1933年。建物の完成間近まで図面の改正を行ったことがわかります。
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2003年の朝日新聞記事。富久邸が紹介されています。今から10年前にはこの建物がヴォーリズ設計であることがわかっていたわけです。
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 最後に親切に案内くださったオーナーさんに感謝します。

 なお、公開の目的は、使わないでおくと痛むので貴重なヴォーリズ建築を残したいという思いから誰かに使ってもらいたいため。できれば建築事務所やデザイン関係の会社が借りてくれればとおっしゃっていました。Tato DESIGNに連絡すれば、公募の日以外でも見せてもらえるそうなので、興味のあるかたはどうぞ。

 またオーナーの富久慎太郎さんはFacebook で資料の紹介もされているとか。こちらも興味のある方は訪ねてみてください。
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by gipsymania | 2013-02-11 15:45 | 建築

ピアソン記念館

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 今年の北海道旅行は道東。やっと念願が適ってピアソン邸へ行きました。

 北海道北見市にある、大正時代の歴史的建造物です。北見の創成期の精神・文化などに大きな影響を与えたアメリカ人宣教師のジョージ・ペック・ピアソン夫妻の私邸だったものを、記念館として復元したもの。この私邸は、ピアソン夫妻が15年間にわたって生活した木造2階建の西洋館で、ヴォーリズの設計により建設された日本最北の建築物を保存するという役目も果たしています。

 資料によると、「ピアソン夫婦が15年間生活した後は、福原信一が8年間、ツルーメン宣教師が4年間、唐笠何蝶医師が8年間入居した。その後は、1952年から北見児童相談所として利用され、1963年以降は様々な団体が活用した。1968年から北見市の所有となり、1970年に北見市が復元工事を行い、1971年にピアソン記念館として開館された。」とあります。現在はNPO法人ピアソン会が管理運営しています。

 ピアソン夫妻の故郷エリザベス市の自然に似た美しい高台に建つ、夫妻の好んだスイス風山小屋を思わせる美しい住宅です。外観の意匠は、やはりヴォーリズが原案を作り、スイスの建築家M.ヒンデルが設計した札幌の北星学園創立百周年記念館(旧北星女学校宣教師館)とよく似ています。北海道近代化遺産と北見市指定文化財の木造2階建て。

ピアソン記念館
旧ピアソン夫妻住宅
1914(大正3)年
北海道近代化遺産・北見市指定文化財
北見市幸町7-4-28
撮影 : 2012.8.26
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 当時人々は、この森の中の西洋館を大変珍しがり、夫妻の献身的な人柄を慕い、ここを訪れる人々は絶えなかったとか。現在も緑に囲まれています。
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 1階はピアソン夫妻の数々の遺品の展示室となっています。
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 2階にヴォーリズ(一柳米来留)記念室がありました。
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 ヴォーリズ合名会社のピアソン邸設計図。この高台の3本の柏の木にちなみ「Tree Oaks (みかしわの森)」と名づけたそうです。
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 平成7年に初めてこの建物がヴォーリズの設計と判明。ヴォーリズ研究で有名な大阪芸術大学教授の山形政昭氏が図面を発見したそうです。写真に写っているのは、この建物が完成した次の大正4年にヴォーリズが野付牛教会(当時の北見市)で講演をしたことを示す貴重な記録。
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 今では入手不可能なヴォーリズの近江兄弟社関連の「湖畔の声」などの古書も展示されています。
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 おなじみの岩井克統氏の水彩画も展示。
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 2階には北見の姉妹都市エリザベス市の資料や唐笠何蝶記念室もあります。坂本竜馬の写真があるのは、明治30年に土佐からの北光社移民団が野付牛に到着。想像を絶する原始林を開拓し、北見発展の礎を築いたそうで、その北光社移民団の初代社長が坂本龍馬の甥「坂本直寛」だったためです。
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by gipsymania | 2012-08-30 11:38 | 建築

解体されるメジャー別荘

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 軽井沢にお住まいのケムリさんよりメールをいただきました。私が見つけることができなかった旧メジャー別荘が解体されるとのこと。送ってもらった写真を見ると、確かに解体直前。窓はすでに外され、家具などが運び出されているようです。

 軽井沢は個人の別荘なので情報がなく、現存していたのを知りながら場所が分からず、私にとってはベールに包まれたような建物でした。外観を見るとかなり大きな2階建てで、開口部に白い木枠を配して濃褐色の建物を引き立て、ヴォーリズの軽井沢別荘建築に共通した、石積みの上に土管を突き出した煙突、中には石積みの暖炉がある魅力的な建物です。
 
 メールによると「主な価値のあるものは全て外されていました。作り付けのベンチ(ヴォーリズ建築の特徴)は前日ナショナルトラストの方で外して保管したそうです。が、後は粉々になるのかと思うと悲しくなりました。居住者は初代はがラックモアーさん(やはり東洋英和に貢献した方)、それからメジャーさん、その後田中さん、そして東京の不動産業者、そして壊す!中に入ってみると湿気の多いところなのに床がとってもしっかりしていて軋みは全くありませんでした。また作り付けの食器棚の引き出しもスムーズに開きました。」ということです。また一つヴォーリズ建築は消えていくのはいかにも残念。木造2階建て。

旧メジャー別荘
1918(大正7)年
北佐久郡軽井沢町
撮影 : 2011.9.14
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運び出された家具類。左下に天井照明灯具が見えます。これも価値がありそうです。
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 石積みの暖炉。2枚目にも別の暖炉が写っています。貴重な財産がまた一つ消えることになりました。
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by gipsymania | 2011-09-17 17:58 | 建築

北星学園創立百周年記念館

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 実際の設計はM.ヒンデル(Max Hinder)ですが、初めはヴォーリズに依頼され、原案を作った状態でヒンデルに引き継がれたという経緯があり、「レトロな建物を訪ねて」ではなく、こちらのブログで取り上げます。

 アメリカのミッションボードから派遣された、歴代の女性宣教師が使い継がれた住居で、1989年、北星学園の創立100周年を契機に現在地に移設保存され、外壁のからし色と窓枠や屋根の緑色を創建時の色に再現しました。現在は月・水・金曜日の12時00分~17時00分の間に一般開放され、数々の歴史的な資料を展示しています。c0094541_16204637.jpg

 右の写真は「モダニズムだけじゃない建築ブログDOCOMORO100」にあったヴォーリズの原図。どういう経緯でバトンタッチされたのかよくわかりませんが、ヒンデルといえば大正末より昭和初期にかけて、聖フランシスコ修道院、北大手稲山パラダイスヒュッテ、函館トラピスチヌ修道院、上智大学1号館、カトリック松が峰教会、南山大学ライネルス館など、カトリック系の学校や教会の設計などを数多く手掛けた建築家。プロテスタントの建物を設計したのは珍しい、というかこの建物だけではないでしょうか。

 原図から建物の形状は詳しくわかりませんが、一見してヴォーリズらしさを感じさせず、屋根の勾配も実際より緩やかなようです。ヒンデルはスイス生まれで豪雪地帯の住宅設計を持ちこんだといわれ、急勾配の屋根や南側の大きな窓、外壁の保温処理など、むしろヒンデルの特徴が出ている気がします。国の登録有形文化財と札幌市都市景観賞の木造3階建て。

北星学園創立百周年記念館
旧北星女学校宣教師館
1926(大正15)
登録有形文化財
札幌市都市景観賞
基本設計 : W.M.ヴォーリズ
実施設計 : マックス・ヒンデル
施工 : 三浦建築工務所
札幌市中央区南4条西17-2
撮影 : 2011.8.26
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by gipsymania | 2011-09-01 16:29 | 建築

片岡山荘のベイウィンドウ

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 5年前に訪れた片岡山荘。その時は建物の正面しか見ることができませんでした。最近、軽井沢の建物の写真を頂いているケムリさんから、内覧会があったとのことで、裏側にある美しいベイウィンドウの写真を頂きましたので紹介します。ヴォーリズの建築リストではDr.鈴木の診療所になっています。前回訪ねた後の2008年に国の登録有形文化財に指定されました。

片岡山荘
旧鈴木歯科診療所
1936(昭和11)年
登録有形文化財
長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢字西屋敷裏外167-15
撮影 2011.7.2
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 ↓は文化遺産オンラインにあるベイウィンドウの内部です。
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by gipsymania | 2011-07-12 15:56 | 建築

浮田山荘

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 これも軽井沢在住のケムリさんから頂いた写真です。細い山道の奥にあるので、私は近くまで行きながら発見できなかった建物でした。

 ヴォーリズが軽井沢で夏の避暑に集まる外国人牧師との交流の拠点として建てた山荘。ヴォーリズは、ここ軽井沢にも設計事務所を作り、昼間はいわゆる営業活動をしながら、設計業務を行い、夜はこの山荘で休んでいたと思われます。軽井沢のみならず、全国に教会や牧師館を建てた源泉は軽井沢での活動があったからでしょう。

 「九尺二間」と称する、最小限の空間に快適で健康的な住まいを目指した、実験的な住宅として有名です。ここでも妻面に浅間石積みの煙突を配する軽井沢らしい雰囲気いっぱいの山荘。ヴォーリズの後に洋画家の浮田克躬氏の所有となり、現在も浮田家に使い続けられています。木造2階建て。

浮田山荘
旧ヴォーリズ山荘 1922(大正11)年
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢
撮影 : 2010.5.5
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「ヴォーリズ建築の100年」に載ったもので内部の写真があります。
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by gipsymania | 2011-04-10 12:07 | 建築