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山の上ホテル

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c0094541_16313574.jpg 4年前にアイスコーヒーとビールを飲みに立ち寄った、東京お茶の水にある山の上ホテル。いつかは泊まってみたいところでしたが、今回、小規模な同窓会が東京であったので、1泊してきました。

 4年前にも泊まろうと思ったことがあったのですが、当時は電話予約しかできず、かつ料金がかなり高額だったことがあり断念しました。今回はネット予約も簡単で、早めに予約すると割安になっていたので念願がかないました。

 元々は財団法人日本生活協会が戦前に建てたもので、戦時中は海軍が使用し、戦後は米軍に接収されて陸軍夫人部隊の宿舎となりました。ヒルトップと呼ばれたのはそのころだとか。1953(昭和28)年に米軍から返還され、翌年創業者の吉田俊男氏がホテルとして開業し山の上ホテルと名付けました。

 アールデコを取り入れたデザインで、池波庄太郎氏ほか多くの文化人が宿泊したことで有名です。

山の上ホテル(Hilltop Hotel)
旧 佐藤新興生活館 1935(昭和10)年
東京都千代田区神田駿河台1-2
撮影 2010.7.23 & 24

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外観は4年前と変りなく。
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今回は宿泊なので、堂々と玄関からロビーを見ることができました。
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吉行淳之介氏のコラム「トラワイライト・カフェ」(日本経済新聞)の舞台にもなったバーノンノン。夜の同窓会に行く前にドクター ヴォーリス リバイバルというオリジナルカクテルを1杯。アメリカらしくバーボンベースのカクテルでした。
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こちらは客室と廊下。
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中央の階段室を最上階まで上っていくと天井にステンドグラス。そして階段を見下ろすと美しいシーン。
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Pe's Poem 「ベランダで ・」

  遠くに見えていた山が消えた
  庭の大木が消えたのは
  いつだったか
  
  風景に小さな穴があいた
  消えるはずはない
  という 確信など
  もったことがないから
  見えなくなったものは
  消えたもの・・・
  
  切り取られ
  塗り替えられてゆく
  記憶
  いつのまにか
  小さな穴が増えて
  わたしのベランダは 少し寒い
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by gipsymania | 2010-08-01 16:49 | 建築

青山学院本部

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 2年前に青山学院高等部 P.S.講堂を訪ねた時に撮影していたものです。「近代建築散歩 東京・横浜編」を見て、この建物が大正6年までヴォーリズ建築事務所のスタッフだったJ.H.ヴォーゲルが原案を提供したことがわかりましたので、このブログに取り上げます。

 ヴォーゲルは独立して上海に赴く以前の五年間は、近江八幡のヴォーリズ建築事務所に在籍し、中心的なメンバーとして活躍していた人物。代表作は活水女学校( 活水学院)本館(1926)、九州女学院(ルーテル学院高等学校)本館(1926)、本郷中央教会(1929)など独立後もヴォーリズ事務所と連携が続いていたと思われます。

 この建物は神学部校舎として建築され、神学部長だったA.D.ベリー先生の功績をたたえ、「ベリーホール」と呼ばれました。現在は本部棟として利用されています。ゴシック風の意匠で、正面中央は3階建て。正面左手側が平屋建ての礼拝堂になっており、左右対称の構成とするため右手部分も平屋建てになっています。鉄筋コンクリート造3階建て、地下1階。


青山学院本部
旧青山学院ベリーホール 1931(昭和6)年
設計 : J.H. ヴォーゲル(原案)+清水組
施工 : 清水組
東京都渋谷区渋谷4-4-25
撮影 : 2006.12.7
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Pe’s Poem 「この地上」c0094541_15522257.jpg

大きな川の畔に座って
夕陽を見ていた
それはゆっくりと
たとえば
わたしたちの
最後の1日のように
ためらいがちに落ちていった

長い時間が流れc0094541_15525097.jpg
川が流れ
わたしたちも
やはり流れていた

次第に見えなくなる
風景の中で
別れを告げるものたちの
気配だけが満ちて
ときおり
忘れ物を思い出すかのように
わたしたちは
それぞれの深みに降りた

明るみを残す
川面が揺れc0094541_1553635.jpg
魚や鳥や草や花や
眠りにつくものたちの
かすかな焦燥の匂いを運んで
風が渡る

形を失うことは
そんなに
恐いことではない 
地に伏し 溶けて
浸透してゆく
わたしの中のあなたも
あなたの中のわたしも
どこまでも
希薄になっていけるc0094541_15592271.jpg

そうやって
だれかれの区別なく
溶け合うことが
わたしたちの
終わり方であり
新しい始まりへの序奏

消えてゆく光の向こうから
一番星が現れ
やがて
悠久の夜の川を
星たちが流れる
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by gipsymania | 2008-12-22 16:00 | 建築

東洋英和女学院へ再び

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 久しぶりに鳥居坂を上りました。今回は別の建物を見るのが目的でしたが、少し遠回りになりますが、やはりこの道を通ることにしました。2年半前と姿は全く変わっていませんが、この日は晴天で、日当たりもよかったので、違ったイメージの写真が撮れたと思います。

 昭和初期に建てられたヴォーリズの校舎を、5年前に一粒社ヴォーリズ建築事務所がオリジナルのデザインを踏襲して建て替えたものです。ヴォーリズらしいスパニッシュ・ミッション・スタイルで玄関周りなどに華やかな装飾を施した作品です。鉄筋コンクリート造り、3/5階建て。1枚目の写真の手前は本部・大学院。向こうは中学部・高等部です。

東洋英和女学院
1932(昭和7)年/2003(平成15)年建替え
設計 : W.M.ヴォーリズ(ヴォーリズ建築事務所)
施工 : 田林工務店
建替設計 : 一粒社ヴォーリズ建築事務所
東京都港区六本木5-14
撮影 : 2008.10.13
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 まずは本部・大学院から。
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 庇に十字架が並ぶ玄関。
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 不思議な文様を配した玄関の両開き扉。
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 文様の隙間からホールを覗いています。
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 カンチレバーの庇を支える鉄材も凝ったデザイン。
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 中学部・高等部へ移動します。
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 本部・大学院より華やかな外観。
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 華やかな装飾が施されていますが、「ブラインドウィンドウ」になっている窓があります。これは建て替えた時にそうなったのでしょう。
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 中央3階にテラス付きの窓があります。
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 正面にあるアーチ型の玄関。
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 側面の通用門。
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 可愛い門衛舎も健在でした。
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 通りの反対側には幼稚園の煉瓦塀があります。


Pe’s Poem  「さがしもの」

どこに行ったのやらc0094541_10505547.jpg
あれっきり

いまさら
言えないよ
失くしたなんて
言えない
知らないなんて
言えない
忘れたなんて
言えない
言えないことばかりだから

どうやって探せばいいんだろう
訪ねて行く場所
なんかも ないc0094541_10512560.jpg
呼びかける名前
なんかも ない

壁ばかりの街で
夕暮れになると
ひとつだけ
ピンクに染まるところがあって
ちょっと気になるけれど

もうすぐ暗くなる
誰もいなくなる
バス亭も
公衆電話も
人たちも
影ばかり大きくなって
c0094541_1051471.jpg影ばかり増えて
誰もいない街

ビルというビルの中
窓という窓の中
ポケットというポケットの中で
激しく
ベルが鳴っている

呼んでいるのは
あなたですか
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by gipsymania | 2008-12-12 10:57 | 建築

日本獣医生命科学大学

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 JR中央線、武蔵境駅を西側に降りてすぐの所にある日本獣医生命科学大学。電車の中から赤い屋根の上にかわいい塔を乗っけた建物が見えていました。2006年にそれまでの日本獣医畜産大学から校名が変更。
 明治42年(1909)に東京市麻布区役所として建てられたものを学校が買取り、昭和12年(1937)にこの地へ移築されたらしい。その移築時の改修設計をヴォーリズ建築事務所が担当。ヴォーリズの建築リストでは「日本獣医畜産大学校舎」となっています。

日本獣医生命科学大学
旧 日本獣医畜産大学校舎(東京市麻布区役所を移築) 1937(昭和12)年
建物武蔵野大賞
東京都武蔵野市境南町1-7-1
撮影 : 2007.3.17
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 木造2階建てでクリーム色のスタッコ壁。大きな玄関ポーチを持った建物です。
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 玄関ポーチの正面。
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 もう一歩中へ。
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 玄関を入ったところの窓。正門の守衛さんに許可をもらって、ここまで来ましたが、このあともう一つ扉があり中にまた受付があって「許可がないと入れません」とのことでした。「じゃ、今許可をお願いします」とはさすがに言い出せませんで・・・ (^^;;;
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 JRの線路沿いを南に。ここが本館の南端です。
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 正門から西に行ったところから。
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 印象的な塔を望遠最大で撮影しました。この日は新しいデジカメの初撮影の日です。光学10倍ズームなのだ。(^^)
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 ヴォーリズの建築リストにはありませんが、ここには他に学生会館または学生クラブ室棟1937年築があるという情報もあり、守衛さんに尋ねましたが、分からないとのこと。それらしき建物を探しました。本館のさらに南にあるこの建物も古そうですが大きすぎるので違うかな。
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 本館の西側に平屋建ての木造建築があります。これ以上近寄れませんでしたが、これ(向かって右の建物)かも知れません。
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 道路を挟んで北側にある公園から。
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by gipsymania | 2007-04-08 10:17 | 建築

国際基督教大学 男女寄宿舎

キャンパス内に5棟の寮があります。ヴォーリズのリストでは男女寄宿舎5棟とあり、5棟同時期に建てられたものです。あまりヴォーリズらしさを感じさせなかった他の建物とは違い、新しいもののヴォーリズ煙突があり、ここに来てやっと出合えた感じがしました。

国際基督教大学 学生寮
旧 男女寄宿舎5棟 1955(昭和30)年
東京都三鷹市大沢3-10-2
撮影 : 2007.3.17
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 ↑第1男子寮は木造2階建てのヴォーリズを感じさせる建物。
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 ↑一番校門の近くにある第2男子寮は3階建てのコンクリート造り。木々の中に埋もれたようになっています。
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 ↑男子寮と女子寮の中間に位置する楓林荘。木造2階建て。今は何に使われているのでしょうか。なんとなく男女共用の集会設備のような。いずれにしろ土曜日でしたが人影がありません。
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 ↑第1女子寮も木造2階建て。長大です。
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 ↑第2女子寮。こちらは鉄筋コンクリート造り3階建て。

 国際基督教大学には他に1952(昭和27)年に建てられた教員住宅があり、現存していると思われますが、そのエリアは「居住区につき立ち入りはご遠慮ください」の看板が立っていましたので遠慮しました。ちょっと残念。
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by gipsymania | 2007-04-06 15:01 | 建築

国際基督教大学 食堂

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 キャンパス内に平屋建ての食堂が2棟あります。ここはちょっとヴォーリズを感じます。右のやや大きめの食堂が先に建てられ、左の小ぶりのものが後に建てられたのではないでしょうか。

(2008年に取り壊されたという情報を頂きました。)

国際基督教大学 食堂 1954(昭和29)年/1956(昭和31)年
<解体>
東京都三鷹市大沢3-10-2
撮影 : 2007.03.17
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 正面に小さめの食堂と煙突。こちらは木造。右が食堂本館のようです。いずれも軒の低い建物です。
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 小さな食堂を側面から。
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 向こう側の食堂本館には近づけなかったのであまりよく見えません。
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 本館はコンクリート造りのようです。裏の妻面は煉瓦張りでした。煙突も見えますね。
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by gipsymania | 2007-03-26 10:55 | 建築

国際基督教大学 ディッフェン・ドルファー記念館

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 礼拝堂の後方に位置するディッフェン・ドルファー記念館。これも戦後でヴォーリズらしさを感じない近代的な建物でした。

国際基督教大学 ディッフェン・ドルファー記念館 1958(昭和33)年
東京都三鷹市大沢3-10-2
撮影 2007.3.17
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 北東の端っこ。
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 北東の中央部に「Diffendorfer Memorial 1958」というモニュメントがあります。
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 こちらも北東面。反対側は木に阻まれてあまり見えませんが、どこにもヴォーリズの足跡らしきものがありません。(^^;;;
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 ディッフェン・ドルファー記念館の北西にもう一棟見えますが、これは多分

シーベリー・メモリアルチャペル 1958(昭和33)年

と思われます。あまり特徴がないので詳しく見るのを忘れました。
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by gipsymania | 2007-03-23 14:36 | 建築

東京の国際基督教大学 礼拝堂

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 東京三鷹にある国際基督教大学。戦後の作品なのでかなり近代的な建築でした。訪問したのは土曜日。広大な緑一杯のキャンパスは人気がなく静かでした。なおここにはJRの三鷹駅か武蔵境駅からバスが出ていて、これに乗ると直接キャンパスの中まで入ることができるので便利です。

国際基督教大学 礼拝堂
旧 講堂 1954(昭和29)年
東京都三鷹市大沢3-10-2
撮影 2007.3.17
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 北東面には一風変わった塔が。
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 同じく北東から。
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 その変わった塔を撮りましたが、逆光のせいでほとんど白黒写真。(^^;;
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 正面の十字架。これも白黒写真のようです。
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 正面のエントランス。
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 南西面です。
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 この日は曇りがちで日差しが弱かったので、なんとなく寒々した画像になりました。夏は落葉樹が緑になり違った印象になるのでしょう。
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by gipsymania | 2007-03-20 11:55 | 建築

東京の早稲田奉仕園 スコットホール

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 早稲田大学の一角にある財団法人早稲田奉仕園。設立の趣旨は 「早稲田奉仕園は創設以来、キリスト教精神に基づき、国際的な視野に立って社会を洞察し、他者と共に生きる人間形成の場としての働きをしています。」
 2号館スコットホールは早稲田奉仕園の事業に理解を示したJ.E.スコット夫人(1851-1936)の寄付により、 1921年(大正10年) ヴォーリズ建築事務所の設計原案に基づき、早稲田大学の内藤多仲と今井兼次の共同設計で建てられました。1991(平成3)年の改修工事を行ったのも一粒社ヴォーリズ建築事務所。煉瓦造2階建て(塔屋のみ3階)、半地下1階

早稲田奉仕園 スコットホール(2号館) 1921年(大正10年)/1991(平成3)年改修
東京都選定歴史的建造物
東京都新宿区西早稲田2-3-1
撮影 2006.12.7
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 東面。講堂(礼拝堂)が東西に、それと直角に張り出している左側部分は会議室に利用されているそうです。
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 塔屋部。地下は音楽練習室。
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 講堂の正面は東側。
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 講堂エントランス。
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 講堂の中へ。正面の講壇を見ていますが、礼拝堂ですね。
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 後ろを見ています。
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 側面のアーチ窓。礼拝堂特有の光の加減が美しい。 
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アーチ窓のアップ。
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 雰囲気がいい講堂でした。
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 創立者ベニンホフ博士の像。[その歴史は1908年(明治41)米国バプテスト教会の宣教師であったH.B.ベニンホフ博士が、早稲田大学の創始者大隈重信の依頼を受け、キリスト教主義の学生寮「友愛学舎」を開いたことに始まります。]
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 南の切妻面。
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 南の地下室へ入る通用口。
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 西側は裏面になります。
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 西側にも地下室への通用口が。
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by gipsymania | 2007-01-28 09:44 | 建築

東京の西町インターナショナルスクール

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c0094541_1052196.jpg東京麻布の西町インターナショナルスクール。娘でライシャワー博士夫人の妹、松方種子女史が1947年に創立した国際学校で、今は世界30国、400名が学んでいるそうです。ヴォーリズが設計した大正時代の松方正熊男爵邸がそのまま使われています。木造二階建て(一部三階)。


西町インターナショナルスクール
旧 松方正熊邸 1921(大正10)年
東京都選定歴史的建造物
東京都港区元麻布2-14-7
撮影 2006.12.7



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 南西から。この日は外壁の工事中で西面と北面にはテントの防護布が張り巡らされていて、あまりよい撮影ポイントがなかったのが残念。
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 北側に回りましたが、ごらんのように上部しか見えません。
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 北側の通用門。
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 北面も工事中なのでもう一つですが、ヴォーリズらしい木造建築であるのがわかります。
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 東側にエントランスポーチ。白い木組みが美しい。
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by gipsymania | 2007-01-25 10:22 | 建築